科学の見解が「考え方の一つ」という風潮

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節子、それ科学やない...! 進化論がトルコの教科書から外されることに|ギズモード・ジャパン

 

昨日のギズモードの記事ですが、タイトルの通りです。

 

教科書に載せないと言っても、自然淘汰とか複雑すぎるし、大学に行くまでは難しいから教えないでおこう、という方針らしい。それどころかトルコの副首相が、“古びて”おり、“十分な証拠に欠く”などと言っているらしく、最近のアメリカを見ている気分です。

 

それで高校生までは、創造論を教えるそうです。というか、もともと高校一年生まで教えてないし、今回あらためて、高校でもまだ早すぎるという結論に達したのだそう。親の要望も強かったとか。

 

この方針が記事中にもあるエルドアンイスラム回帰と関係あるのかどうかは置いておいて、世界中でオルタナ・ファクトが主流になりつつあるのを感じますね(なんだか矛盾したような言い方ですが)。科学って普遍的なものじゃなかったっけ…。

 

創造論を科学で否定するのは難しいですが、同じように「肯定する根拠」もありません。人はそういったものをオカルト、あるいは陰謀論と呼びます。もちろん、それを信じるのは個人の勝手なんですが、国の教育方針としてどうなのかと問いたい。教育方針以前に、事実を知る権利は何にも変えられません。その事実をどう扱うのかが教育の腕の見せ所であって、それはファクトありきの話です。その前提を奪ってはいけないでしょう。

 

最近は我が国でもイデオロギーの対立が激しくなってきて、陰謀論めいた報道があちらこちらで流れているんですが、はっきり言ってこんなもの全部フェイク・ニュースです。個人がそれぞれどんな考え方をしていようと勝手ですが(2回目)、メディアが「事実」ではなく「考え(疑心)」を好き勝手言うようになったら終わりでしょう。マスコミだろうがバイラルメディアだろうが、仕事は事実を伝えることのはずです。科学=ファクトであることを考えれば、これまた科学を無視していることになるわけですよ。「事実」と「考え(主張)」は別物です。よく覚えておきましょう。

 

マスコミは今いちど、慰安婦問題や血液型性格診断(という名の差別)を信じている低リテラシー層を量産した罪を反省すべき。

 

そんなことより、最近はこれにハマってます。

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私が産まれてからまだ半年も経ってない頃にリリースされたアルバムですが、カッコいいです。リンク先はアマゾンですが、もちろんSpotifyで聴いています。カッコいいから有名に違いないが、Spotifyがなきゃ知ることもなかった。ありがとうございます。