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【書評】『トウガラシの世界史』〜世界で愛されるピリピリの由来

Kindle版がないのは残念だが、久しぶりに中公新書を楽しく読めたので紹介したい。

 

本書はトウガラシがテーマの本であり、著者が言うように、学術的な引用にも耐えられる仕様にはなっているのだが、もっと気軽に、単純に世界史として楽しむことも可能である。

 

 

本書で取り上げられるのは、原産である中南米(一章、二章)、欧州のイタリアやハンガリー(三章)、アフリカのエチオピア(四章)、アジア系のネパールやブータンインドネシア(五章)、中国(六章)、韓国(七章)、日本(八章)で、かなりの広域をカバーしている。そのおかげで、トウガラシを通して同じ時期にどこの国でどんな出来事があったのか、またどこかの国で起こったことが他国にどう影響を与えたのかなど、世界史の醍醐味を堪能できるのだ。

 

たとえばハンガリーを取り上げた第三章にはこんな記述がある。

 

“今でいうハンガリー料理が成立したのは、十九世紀後半から二十世紀にかけてであるとされる。先述したように、辛くないパプリカが出現したのはこのころのことなので、それが人気を得て、それと軌を一にして、パプリカが普及していったのかもしれない。さらに、料理の本も普及するようになり、地方料理や創作料理も本を通じて各地に広まっていったことも考えられる”

 

この章ではハンガリーがパプリカの原産地であることが分かるのだが、この十九世紀後半は、まさに第二次産業革命の真っ只中であり、それに伴って印刷技術が飛躍的に向上した時期でもある。パプリカはそのころに誕生したのだ。そしておそらく、それが料理本の普及を助け、“パプリカぬきのハンガリー料理は考えられないほど”に、食文化を変えたのだろう。

 

また、世界史だけでなく、食文化の本としても楽しめるかもしれない。先ほど取り上げたハンガリー国民食は、「グヤーシュ」というタマネギとパプリカの入ったラードを使い、小さく切った牛肉とジャガイモを具材にしたスープだという。

 

私はアフリカの食文化にはまったく造詣がないのだが、本書の口絵には、カラー写真でエチオピアの「インジェラ」と「ワット」という料理が紹介されている。インジェラは簡単に言えばパンのようなもので、それに付ける副菜がトウガラシがよく利いたワットなのだそうだ。

 

他にもトウガラシを通して、イタリアのカラブリア地方の名物料理である「ンドゥイヤ」、カレー、麻婆豆腐、キムチなど、馴染みがない料理を知り、また馴染みのある料理の歴史を知ることもできる。

 

トウガラシといえば、また辛さの記録が更新されたのは記憶に新しい。

 

St Asaph man develops weapons-grade chilli so hot it could KILL you - Daily Post

 

このドラゴン・ブレスは248万スコヴィル(以下Sc)もあるらしい。作った本人も舌の上に小片を乗せる程度に止めておいたそうで、それでも焼けるような痛みがあったという。

 

上記のリンクは今年5月の記事だが、今回超えられたのは、2013年にギネス認定された「キャロライナ・リーパー(220万Sc)」というトウガラシだ。そしてそのキャロライナ・リーパーが上書きしたのは2011年の「トリニダードスコーピオン(146万Sc)」だから、トウガラシの世界では今でも2、3年ほどで辛さの記録が更新されるらしい。

 

ちなみにその前の「ナーガ・ヴァイパー(2010年、138万Sc)」がヘビ、スコーピオンはサソリ、リーパーが死神で今回がドラゴンだから、次はどう名付けられるのか楽しみである。

 

そういえば、本稿の副題に付けた「ピリピリ」は、辛さのことではなく、スワヒリ語でトウガラシの意だ(P.101より)。なんとも分かりやすいネーミングである。この日本語に通じる表現が、世界共通で愛されている証拠であると思うのは私だけだろうか。