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【書評】『「日本の伝統」の正体』〜「伝統」は都合良く作られていくものである

「日本の伝統」に言及した本には何度か出会ってきたが、“伝統の正体”を知るのなら、カバー範囲の広さからこの本をお勧めしたい。

 

あくまで入門本といった風情ではあるが、最低限の裏付けはあるし、終わりには主要参考本のリストもある。知識の入り口としてウィキペディアのように使うのも良いだろう。

 

そして何よりこの本は読みやすい。(恥ずかしながら)私は知らなかったのだが、著者の藤井青銅は名の知れた放送作家である。ウィキペディアによれば、他にも作家や作詞家としての肩書きを持っており、言葉に携わってきた人であることが分かる。“日本の伝統”というジャンル内ではあるが、項目数の多いこの本がリズミカルで読みやすいのも、彼の筆致があってこそだろう。

 

文体に批判的なスタンスが垣間見えるものの、バイアスがかかっていてウンザリするようなものではないし、むしろ読みやすさを助長するために必要な語り口なのだと感じさせる(事実を淡々と述べるだけの文章では読み切る前に寝てしまいかねない)。

 

肝心の内容だが、先にも述べたように擁している範囲は広い。何なら本書のカバーにその一部が記されている。

 

初詣、六曜、バレンタインデー、夫婦別姓、一世一元、結婚式、告別式、江戸しぐさ、正座、相撲、箱根駅伝、アロハシャツ、マトリョーシカetc...

 

たとえばバレンタインデーの風習として定着している、女性から男性へチョコレートを贈る「伝統」だが、本書にもあるように、その発祥は最近になってよく知られるようになった。

 

昭和三十三年(一九五八)、東京のメリーチョコレートが、「バレンタインデーに女性から男性にチョコを贈ろう」とキャンペーンを始めた。が、まるで売れなかったという。(中略)ほどなく、「本命チョコ」と「義理チョコ」が登場する。この義理チョコこそ実に日本的な発明で、これによってチョコの消費が伸びた。だって、本命は一人だが、義理の相手はたくさんいるから。

 

そして、本書のテーマが「日本の伝統」であることから、話は恵方巻やクリスマス、ハロウィンにも広がる。これこそ資料性のある本の面目躍如だろう。恵方巻についてはすでに本書で言及されているのだが、つまり、わざわざ記念日を作って売り出したのは、バレンタインデーを見習ってのものだろうということだ。

 

さらに、

バレンタインデーが落ち着きを見せてきたあと、代わって盛り上がってきたのがハロウィンだ。もちろんそれ自体は、外国では古くからある伝統だが、日本では東京ディズニーランドが行なった平成九年(一九九七)から話題になり始めた。二〇〇〇年代になって、街で仮装パレードなどして、若者たちは盛り上がっている。

 

(中略)遡れば、バレンタインデーの前史としてクリスマスイブの大成功があった。クリスマスが日本に入ってきたのはもちろんずいぶん早いが、やはり庶民の間で一般的になったのは戦後怒涛のように流れ込んだアメリカ文化のおかげだろう。一九五〇〜一九六〇年代。当時の若者にとっては目新しくカッコいい伝統行事だった。

 

(中略)が、その子供たち世代にとっては、どうだろう?親世代の祭り(中略)は古臭いものだ。(中略)「古くて新しい」という側面がなければ、人は飛びつかない。そこへ、バレンタインデーという、古くて新しい伝統行事が提示された。

 

(中略)かくして、約二十〜三十年のサイクルで、その時の若者に目新しくカッコいい外国由来の伝統行事が盛り上がり、移っていく。

 

このように、伝統を謳っていながら実は歴史が浅い、あるいは商用のために作られただけの「伝統」が多く見受けられる。

日本人は新しいものが好きなのだ。(中略)そして、一見新しいが「実は古い伝統がある」ということを知って、安心する。(中略)それが商売と結びつくと、一気に「伝統行事」として広がるのだ。(中略)歳時記をめくり、まだ使われていない「季節」「記念日」と「売り物」のセットを思いつけば、それは新たな伝統ビジネスとなるだろう。

 

 

しかし、批判的なスタンスであれ、今まで言われるがままにやり過ごしてきた「伝統」について知っておくのは悪いことじゃない。

 

「知る」ことは、伝統に従うことの意味を知ることでもあるし、それによって「従わない(参加しない)」という選択肢も増える。そして多くの場合、自分が参加するイベントの趣旨を知っているほうが楽しめるものなのだ。バレンタインデーチョコを、何も知らずにまんまと買わされるのでは納得いかないが、知ったうえで受け入れるのであれば、それも悪くないのではないだろうか。

 

 

「日本の伝統」の正体

「日本の伝統」の正体

 

 

江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統 (星海社新書)
 

 

日本人の坐り方 (集英社新書)

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